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2割3割弾けると大体弾けた気になってしまう(^^;

タイトル通り、2割3割あたりで大体弾けた気になってしまうんですよ(^^;

ざっくりと間違いながらでも弾けたら「あ~弾けた~」って気持ちになってしまう…。

なので完成度の低い演奏になるんですよね~~~(;´Д`A ```

ハッキリ言って「この曲はこんな感じ~~?」っていう程度で「弾けたじゃん!!」と脳内変換されてしまう…のはどうしたらいいのでしょう??

それもピアノを再開してからようやく気が付いたわけで、ン10年前にはそれすら気付かなかったのですから、ある意味進歩したと言えるかもしれません。

気付いた、でも、じゃあさてこれからどうして行こう?

となるとそれはまた別の問題です。

自分の問題に気が付いた。でもどうやって克服すればいい?

レッスンには通っている、だから誰が聴いてもおかしいでしょ?って所は(技術的に追いつけない部分はさて置き)指摘していただける。

指摘されればそれなりには直そうとか気を付けようという気持ちになる。

2割3割じゃなくってそこを4割5割にして行こうと思える…。

でも自分の気質的なモノはレッスンに行ったからと言ってそうそう変えられないわけで…。

例えば8割9割弾けていても、残りの1割2割を埋めるというか増やして行こうと頑張れる、そしてその緻密な作業的な事が楽しめる人。

そう言う人に私はなりたい…

だから自分の「ああ勘違い!!!(>_<)」みたいな性格を直せれば良いんでしょうけど、これまた難しい。

なので今の自分は

「自分では弾けてたと思っていたけど実際他人から見れば全く弾けておらず、それに気づいて直したいけど直す根性も無い」

っていう中途半端な人間になってますね(-_-;)

もうこれ、ピアノのレッスン頑張ろう!とかいう話じゃ無くて、性格直しましょう!というレベルの話になっちゃった(^^;(^^;

ま、でもとりあえずはピアノの練習しなくっちゃね!!

さあ~気持ちを入れ替えて?頑張ろう♪



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楽譜の書き込みについて

そういえば今回の発表会直前、今まで以上に弾けてなくて焦ったわけですが、
苦肉の策?として直前に自分なりに今までと違うことをしました。

まず、一部の運指を直前に変えました。恐らく去年までだったらそんな事はしなかったと思います。
本当に、10日ほど前に変えました。
結果、本番ではその部分はまともに弾けませんでした。(とは言え全体的に弾けなかったのでそれほど目立ちませんでした…って良いのか悪いのか(^^;)
本番前日に楽譜にいろいろ書き込みしました。
いつもは楽譜に書き込みをほとんどしませんが、なり振り構っていられませんでした(笑)
気持ちを入れ換えたりする場所にブレス記号とか、表示されてないリタルダンドとか書き込みました。
絶対間違いたくない所に音名をカタカナで書き込みました。
頭の中真っ白になっても音名を書いておけばなんとかなるかもしれないと思ったからです。
書き込むことでここでこうする、という確認はできたのかなと思います。

とは言え結局書き込みが役に立ったのかは・・・?(^-^;

やっぱり本番ではいくら楽譜を見てるつもりでも隅々まで見て弾いてるわけでは無いんですよね。

しかもゆっくりな曲ならともかく速かったので尚更注意をしっかり見て反応する時間は無かったですね。

ただ、これが本番直前じゃなかったら、もう少し意識ができたかもしれないなと。

書き込むなら注意を受けた時点や、自分で思い付いた時点で書き込んだ方が定着もしやすいかなと思いました。

今まで楽譜には極力書き込まない主義?だったのですが、書き込んで速くきちんと弾けるようになるのであれば、その方が良いのかなと思います。
これは人それぞれでしょうね。

ま、今までが書き込まなかったので、急に書き込もうと思っても中々実行できないかもしれないけど…

音楽への冒涜?作曲家への冒涜?

※今回はかなり長いです。


リンクさせていただいてる中高年がピアノに上達するために
より抜粋させていただきました。




何故熱情のⅢ楽章なのか? 2008/09/04

どういう思い入れを持っているのか?

何故弾けるようになったのか?



最近、よくみなさんから聞かれます。



 これまでに書いているように、私はベートーヴェンの熱情ソナタのⅢ楽章を(これだけを)、

一所懸命に練習しています。以前に習っていた先生に、その当時の実力でそんな曲を弾くなど

冒涜だと言われ先生を替えてまで弾こうとしました。(冒涜がベートーヴェンに対するものか、

ピアノ教師に対するものか、ピアノ学習者に対するものかは残念ながら、もう聞くことは出来ません。)



 今、私の演奏を、聞く人が聞けば、「なってない、あんなもの熱情じゃない」といわれるのは覚悟の上で、

色々な所でご披露しています。またネット上に載せることによって世界中の人に聞かれるわけです。

「少なくとも間違えずに,止まらずに弾いてほしい」という声も聞こえてきそうです。

 下手な演奏の犠牲になった方には、本当にお気の毒と思いますが、これも私が熱情をもっと立派に

弾くための過程として勝手にお許し願っています。



 さて、この曲への思い入れは、もう40年以上前になります。



17歳のある日、月光ソナタを聴こうと思い、月光・悲愴・熱情の入ったバックハウスのベートーヴェン

三大ソナタ集というLPを買ってきました。当時「80歳のおじいちゃんだけど凄い」とレコード店の

店員さんから聞いていました。



(余談ですが、80歳は当時は想像も出来ないおじいちゃんでした。今は手を伸ばせば届くところにいます。)



 最初は、「月光」ばかり聞いていて、熱情はたまにしか聞きませんでした。当時の自分は、なにか、

あの第一楽章の暗さに耐えられない精神状態でしたから・・・。(受験や片思いでいっちょ前に悩んでいました。)

----習い始めて知ったことですが、熱情の「Fmoll」は、最も暗い調性だそうです。----



そして、ロマン・ロランの書いた「ジャン・クリストフ(ベートーヴェンを念頭において書かれた小説)」を

読みふけっていました。



 ある日、熱情のⅢ楽章を聞いていて、突然、これは「切ない恋」だと直感しました。

第36小節から49小節の部分です。全篇嵐のようなこの曲の中で、何か、どうしようもない切なさを

感じました。その当時の自分の気持ちに、ぴったり波長が合ったのだと思います。



 自分は、お世辞にも、音楽に関して鋭い感受性を持っているとは言えないと思っていますが、

このときだけは違いました。音楽は好きですが、それはリズムやメロディーの話で、その底にある

作曲者の心情を具体的に感じたのは後にも先にもこの時だけです。まさに「降りてきた」という感じでした。

 それを感じたとき、いっぺんにこの曲が好きになりました。



 私が感じたことが、合っているかどうかは、別の話です。現に私の先生は、「自分はそう思わない。」

といわれます。でもこれは、ベートーヴェンに聞かない限り、誰にも分からないのです。よく現代国語で、

「この部分の作者の思いを述べよ」などという設問がありますが、その答えを見て、文章を書いた当の作家が、

「へーっ?自分はそんなことを考えていたのか?」という話があります。



 また、合っていようがいまいが、私がそう感じたのだから、それでいいのです。(やっぱりB型といわれそうですが)



 さて、社会にでてから、15年ほど、ピアノに対する思いは、封印されていましたが、

子供をピアノ教室へ入れて、送り迎えをするようになって、弾きたくなってきました。



 特にその教室は、熱情が卒業曲だったので、発表会で、6歳とか10歳とかが、軽々と熱情を弾くのを

目の当たりにして、どうしても弾いてみたい衝動に駆られました。(当然オクターブは届きませんから、

音の重厚さはありません。)



 さらに、「この曲はジャリンコが弾くような曲では絶対にない、様々な辛い思いを味わった大人の曲だ。

自分だったらこう弾くのに!」と、強く思うようになりました。



ただ、この時点では、弾きたいと思っても、弾けるなどとは思いもしなかったので、とりあえず、ヤマハの

ポピュラーピアノ教室に通い始めました。

 その頃の自分は、クラシックは基礎がなければ(ハノン、ツェルニー、ソナチネ等)絶対弾けないものと

思っていたので、あきらめた結果でした。(今は、絶対弾けないとは思いませんが、時間と意欲のある人には、

基礎からやられることをお勧めしています。)



ヤマハへは、8年通いました。簡単アレンジの弾きたい曲を何曲か、弾いただけでした。

その後、私の会の会員から紹介されたクラシックとポピュラーを教えてくれる先生に就きました。

ヤマハの先生たちに比べればはるかにすばらしい先生でした。(ヤマハは先生も生徒もダメにします。<---

個人的な偏見です。)



ポピュラー曲を弾きながら、楽典からはじめ、ハノンもやり始めました。

そして以前から、コソ練をしていたモーツァルトのトルコ行進曲を見てもらった時です。



「そこそこ弾けてはいるから、アマチュア相手なら拍手も来るでしょう。でも、ピアノを知っている人が

聞いたら、ボロボロです。今から直すことはかえって時間がかかるから、これは封印して、

ブルグミューラーから始めましょう。」といわれました。



 そして、半年位たった頃、熱情を弾きたいと言って、少し見てもらった時に、「冒涜とおもいませんか?」と

いわれたことで、私は先生を変える決心をしました。

 何故、冒涜なのか?偉大なベートーヴェンが、人類のために残した曲を弾いて何が悪いのか?



ここで、「意地でも、弾いてやる~~~~~~~~~~~~!」という気持ちになりました。

もし、この時、冒涜と言われてなければ、私の「熱情」はなかったかも知れません。



 事実、乗り越えるのは不可能ではないかと思われるような壁に何度もぶつかった時、

この思いが助けてくれました。そういう意味では、この先生に感謝しています。

また、今の先生にめぐり合えたのもこの先生のおかげと思っています。



そして、今の先生に体験レッスンに行って、どうしても熱情を弾きたいと言ったら、拍子抜けする位簡単に、

「じゃ、やりましょう」と言ってくれました。ハノン、ツェルニーはやりたくありませんといったら、

「必要ありません。」と言ってくれました。「その代わり、曲の中で、そのフレーズを使ってハノンに

類することをすればいい。」とも言いました。



そしてレッスンが始まりました。



 今、ここまで登ってきて思うことは、「意地でも!」という思いだけでは絶対に弾けません。

やはり先生の指導の賜物です。

 椅子の高さ・座り方、姿勢、指の支え、親指が一番難しいということ、跳びの練習では、

肩から腕を動かすこと、指や手の重心をどこへ持っていけばいいのか?

 弾けないのは指のせいだとばかり考えていた自分を、弾けないのは体全体を使ってない

からという事を教えてくれました。



 和音の各指の力の配分、この部分はハノンと同じように付点、逆付点、三連符、スタッカートで練習とか

ベートーヴェンの音はもっと芯のある音が欲しい、また縦の音を揃える事等々・・・。

ここに書き切れるものではありません。 

 基礎を膨大な練習曲で作るのでなく、その時々に必要な、技術・練習法をタイムリーに教えてくれました。

そして、一度や二度では憶えられない私に、何度でも根気よく教えてくれました。



 半分くらい進んだ頃、弱音を吐いたら、「やめるのも一つの選択」などと意地悪なことを言って、

こちらのやる気を確かめたりしていました。



 後から聞くと、2ページ目の保持音が出来た頃から、弾けるだろうという感触を持っていたそうです。

ただ、最近、体験レッスンの時の本音を聞くと、「最初に出来るとは言ったけれど、半信半疑だった。」

と言ってました。



いつか、教えた側の苦労を書いてもらえないかなぁと考えています。


「ピアノに上達するために」より




この管理人さんがあるピアノの先生から受けた、「冒涜だと思いませんか」という言葉・・・。

本当に悲しい言葉ではないでしょうか。

結局管理人さんはこの酷い言葉に奮起して練習を頑張ったので今は感謝していると書かれていますが・・・。

ベートーヴェンが偉大な作曲家であることは私のような素人にもわかります。

子供から大人までベートーヴェンを知らない人は居ないでしょうし、誰もが知る超有名な曲だってたくさんありますね。

「エリーゼのために」や「運命」「第九」・・・etc.etc.

音楽室には必ず肖像画がありますし、あの有名なちょっと怒ったような肖像画を知らない人は居ないのでは?

その言葉を言った先生が何に対して「冒涜と思いませんか」と言ったのかはわからないのですが、

つまりは「あなたにはその曲を弾く資格が無い、そんな人が弾いたら作曲家(音楽?先生?生徒?)に失礼でしょう?」という意味を表現したのではないかと思われます。

熱情3楽章に憧れてピアノを始めた人に、普通の神経ならそんな酷い言葉言えません。

「冒涜」って、「神(または神聖な物)を穢す行為」という意味ですよ?

その先生が、彼が熱情3楽章を弾く事に対して、内心そう感じてしまった・・・というならまだしも、それを本人に言いますか?

と、ここまで熱くなってしまうのは、私も同じことをコメントなどで言われているからです。

それも複数回です。

だからこの管理人さんにとても親近感を覚えてしまうんですよね。(B型だし笑)

でも、この管理人さんの凄い所は逆にパワーに変えて頑張ったところ。(見習わなくちゃ!)

私自身は今、憧れた曲を練習していますが、もちろん実力が伴っていないので疵だらけだし聞くに堪えない演奏です。

そりゃ~出来ればもっと綺麗に弾きたいし、素敵に弾きたいです。そんなのは自分自身が一番良くわかっている。

だけど練習しても出来ないんですよね。

自分にとっては一生懸命練習したそのガタガタの演奏を「作曲家への冒涜」と言われても・・・

そんな演奏が嫌なら聞かなきゃ良いだけの話です。(私の演奏は大体ガタガタなので完璧を求める方は聴かないでください)

わざわざ聞いてわざわざ悲しいコメントをする・・・

憧れたものに近づきたい一心で弾いてるだけで、「冒涜」って言われたら、世の中の趣味のピアノ弾きさんの大部分は憧れ曲を弾いちゃいけなくなりますよね?

それにそんな悲しい言葉を他人に向けるの・・・・寂しくないですか?

私はそんな重たい言葉を平気で他人に向けるような方が正直心配です。

毎日を他人の粗を探すことや攻撃に費やすのでは無く、もっと有意義に過ごせばいいのにって・・・。






次の練習会までの課題

さて、次の練習会まで3日。(えっ!時の経つのが速すぎる~~~(>_<))

課題は満載だけど、あれもこれも直すというわけにはいかないっていうか、無理(;´Д`A ```

崩れる部分が決まっていなく(;´Д`A ```どこで崩れてもおかしくないというのはわかったつもりです。

弾けない部分が決まっていればそこを集中練習すればいいのだろうけど(それでも弾けない所は弾けないけど)どこもかしこもまともに弾けてない場合はどこから手を付けていけば良いのかもわからないので、とりあえず先生から指摘された事(レッスンで言われた音階部分のフレーズの終わり方と、練習会でアドバイスを受けた始まりの両手のオクターブの弾き方)
ここは確実にできるようにしたいところです。
あと、個人的には最後の部分はしっかり決めたい(;^ω^)
ジャンジャンジャンジャーン!!と終わる予定なので…ここだけは・・・なんとか・・・(-"-;A ...アセアセ
アっ、違った、ジャンジャンジャンジャン、ジャーン、ジャーン!!だっけな・・・?←もう間違えてる(>_<)

しっかしいざ人前で、となるとどうしても余計な事を考えたり人の動きや自分勝手なプレッシャーで思うようにいかないものですよね(^^;
いざ録音というだけでもただの練習とは勝手が違ってしまって普段間違えないような所を思い切り間違えたりします。

時間はどんどん無くなってくるし全然弾けてないし、なんだか気持ちだけ焦って練習の方に気持ちがついて行けない感じ。

時間が無くなってくるのに「弾かなくちゃ!!練習しなくちゃ!!」という気持ちに中々なれないんですよね。

でもこのまま舞台に上げるのはあまりに忍びない演奏というか・・・

聞いていただくからにはもっと完成度を上げたいと思ってしまうし、かと言ってどう練習したらいいのかわからないというジレンマ。

練習する気が起こらない・・・という気持ちの問題については、ちょっとネットで調べてみました。

まず、ヤル気が起こらないというのにはいくつか理由があるそうです。
今の自分のケース的には「実力より難し過ぎる曲をやっている場合」となります。
自分の実力をはるかに上回る曲をやっているため上達感が得られずにヤル気が無くなってしまう。
これを根本から解消するには「難しい曲を一旦やめて実力に見合った曲に変える」
のが良いそうです・・・が、気持ち的にそんな事は出来ませんので(^^;このままこの曲を練習するしかありません。

ヤル気が出ない→ヤル気が出るまで待ってから練習

ではいつヤル気が出るのかわかりませんし、そうなるとどんどん弾けなくなってしまう→さらに弾けなくなってしまう、という悪循環。

なので「ヤル気が無くてもとにかくピアノの前に座って例え5分でも良いから練習を始める」

というのが良いそうです。

そうやって毎日少しでも練習するのを習慣化する事が大事だそうです。

そして出来れば習慣化するために「食事の後」とか「お風呂の後」とか決めるのが良いらしいです。

とにかくピアノの前に毎日座る。←低い目標(^^;(^^;

それを発表会までやって行こうと思います←三日坊主になりそう~~~(^^;






続きを読む

木を見て森を見ずの演奏

時々自分の演奏の録音を聞いてみて感じる事、それが
『木を見て森を見ず…な演奏だなー(^^;』って事。

つまり、個々のフレーズとか弾けない部分の断片的な練習とか、(あー。ここ弾けない!ってなるとこ。)そういう部分ばかり気にしてて、全体的な音楽の流れが不自然になったりしてること。

そんな事を考えていました。
 
『この部分をこうしたい』

そういう気持ちは必要だけど、でも曲を聞く時は『この部分』だけを聞く訳じゃないですもんね。

でも、『物理的に弾けてない部分』っていうのは事実あるわけだし、そこを取り出して練習するのは当たり前。

そこで自分には何か決定的に欠けてるものがあるんじゃないかな?って思いました。いや、まぁ、欠けてるものばかりだとは思います。

kazさんの記事込めるより引き出す

この記事を読んで『うーん、そうだなぁ、感情込めるというよりも、楽譜から引き出すというものなんだろうな』
と、思いました。
技術ももちろんだけど、そういうのが出来てないのか…
ただ、なんとなく弾いている。
きっと今の自分はそうなんだろう。
もっと楽譜をきちんと読むことから始めないとダメなのかもしれない。

そう思いました。

ああ、ピアノ道は険しい(^^;(^^;




記念日

プロフィール

ね~み♪

Author:ね~み♪
子供の頃習っていたピアノ。
2013年より25年ぶりに再開、
2014年3月より先生について習い始めました。
夫と二人の子供がいるアラ50です。

※管理人が不快に思うコメントがありましたら予告なく削除させていただきます。

♪ただいま練習中♪

ショパン ソナタ3番1楽章
ラフマニノフ エレジー・ヴォカリーズ
ショパン ノクターン5番

♪終了した曲♪

ショパン ソナタ3番4楽章・ワルツ3番
メンデルスゾーン デュエット
リスト コンソレーション3番
ドヴォルザーク ユーモレスク

♪寝かせ中

ショパン  プレリュードop.45・スケルツォ1番
バッハ 平均律 1巻4番プレリュード&フーガ
メンデルスゾーン 3つのエチュード1番

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