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Intermezzo~2.Andante non troppo e con molta espressione

あの出来事から気付けば1か月が過ぎていた。
直後のレッスンは先生のスケジュールの都合でどうしても出来ないのだと連絡があったと
ね~みから伝え聞いた。

「O先生もお忙しい方だから…仕方ないわね。あなたに直接代わってお話されるか聞いたら、また時間のある時にっておっしゃっていらしてね。あなたが元気かと気にしていらしたわ。」
ね~みは申し訳なさそうに言った。
「それにしてもわたくし鼻が高いわ。あなたのような天才ピアニストが家にいてくれるんですもの!こんどO先生仕込みのレッスンをわたくしにしてもらおうかしら…おほほ…」
「奥様は素質がおありですよ。私はずっと奥様のピアノを近くで聞いてきましたからわかります。」
「ま、天才ピアニストにそんな事言ってもらえるなんて、光栄ですわ!また練習しなくてはね!」
「ええ、もちろんです。」
スベルマンはニッコリと微笑んでね~みに答えた。

だがその笑みの裏に鉛のような重い塊があるのを振り払うことはできなかった。
スベルマンの美しいヘーゼルアイが悲しみに包まれて曇っている。
何をしていてもふと浮かんでしまうのが先生の事だった。

あの時、自分の感情を抑えることができなかった…。深い後悔。

あれからスベルマンは来る日も来る日もある曲を練習していた。
先生はスケジュールの都合がつかないと、もう何か月も来ていなかった。

そんな日が淡々と続いた、ある日

スベルマンは郵便受けの中に自分宛ての手紙があるのを見つけた。
スベルマンの胸は高鳴り、恐る恐る差出人の名前を確認した。

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Oより

そこには紛れもなく先生の名前があった。
スベルマンは急いで自分の部屋に戻ると誰にも見られないようにドアを閉め
震える手で封を開けていった。

スベルマンさんへ

先日は急に帰ってしまってごめんなさい。
驚かせてしまったでしょう。
反省しています。
それにあの後レッスンできなくて申し訳ありません。
スケジュールが立て込んでいるのはそうなのですが
一番の理由は主人になるべくドイツ国内で活動して欲しいと請われたからです。

…いえ、それが本当の理由ではありません。

私はあなたが怖かったのです。

そしてそんなあなたにこれ以上惹かれていく自分が怖かったのかもしれません。

だから、もう私はあなたを教える事はできません。

あなたのような将来のある、有望な若者を潰してしまいかねないですもの。

あなたのお気持ちを受け止めることはできないけれど
離れた場所でいつもあなたを応援しています。

あなたの魅力、あなたの音楽は素晴らしい、
それは私が、そしてあなたの音楽を聴く全ての人々が保証できます。

いつかあなたは私を超えていくでしょう。

それでは、お体をお大事になさって。

さようならは書きません。
いつか、また逢う日まで。

~Oより~



それを読み終えた時
スベルマンの瞳から大粒の涙が溢れていた。
膝をつき、手紙を握りしめ、生まれて初めてだろう、あまりの哀しさに胸が押し潰されそうになって
声を上げて泣いていた。


━─━─━─━─━━─━─━─━─━─━─━

ピアノ室からスベルマンの演奏が聴こえてきた。

「あら、今日も練習してるのね、何の曲かしら…なんていうのかとても…」
ね~みは何かにいざなわれるようにピアノ室に向かった。
そこにはピアノに向かって話しかけるかのようなスベルマンの姿があった。
その姿はね~みには神々しいとさえ思えた。
それは窓から差し込む月の光に、くっきりと映し出されるスベルマンとピアノとの対話であった。





※この物語はフィクションです
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Intermezzo~1.Andante teneramente

「…インテルメッツォ…ですね…」

スベルマンはまだ涙の乾いていない頬を手で拭いながら掠れた声でそう呟いた。
もちろんこの曲は以前に何度か聞いたことがあった。
その時も綺麗な曲だなとは思ったがそれ以上の何かを感じる事はなかった。

「…前にも聞いたことがあります…でも…上手く言えないけれど…先生の演奏は全然違う…」

それは普段はあまり人前で感情を表さない印象のあるスベルマンの、初めての感情の表出だったかもしれない。

「こんな…インテルメッツォは初めて聞きました…」

先生はにっこりと微笑みながら
「そう、あなたにこの曲の何かが伝わったのね、良かったわ
嬉しいわ。この曲、気に入ったようね?こっちへいらっしゃい」
と、ピアノの椅子を空け、手招きをした。
スベルマンは言われるがまま椅子に腰かけ、目の前に立てられたインテルメッツォの楽譜に向かった。
先生が横にぴったりと付けた椅子に座って二人で1つの楽譜に向かい合った。

「この曲はね、ブラームスの最晩年の作品で、シューマンの妻であるピアニストのクララに献呈されたものなの。
ブラームスはシューマンを作曲家として尊敬していたし、クララの事は素晴らしいピアニストとして敬愛していた、
と言われているわ。
師と仰いでいたシューマンが亡くなってからは、クララを精神面・経済面で支えようとしていた。」
「ブラームスはクララに対して敬愛以上の感情があったとも言われているわね。そしてクララも…」
と、ここまで話して先生が少し狼狽えたような気がした。

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「さあ…技術的にはそれほどの技巧は必要ない曲かもしれないけれど、精神的な内面をどう表現していくのか?
その点に気を付けて弾いてみて下さる?」
何かを焦るかのように先生はスベルマンに弾くことを促した。

スベルマンにとってはいともたやすく弾きこなせるであろう曲。
彼は楽譜をちらと見て、言われるがままに冒頭を弾き始めた…

「待って、そこはそんなに乱暴なタッチで弾くところではないでしょう?」
先生がスベルマンの弾いている手を上からそっと抑えた。

その時だった、スベルマンは感情が抑えきれなくなり一瞬ではあったが先生の手を強く掴んでしまった。

「…!!」

驚いてスベルマンの顔を見つめる先生。
すぐに手を離したスベルマンだったが、自分の今した事が信じられないといった表情で俯いてしまった。

「ごめんなさい、わたくし今急用を思い出してしまったわ。少し早いけれど今日はレッスンを終わらせてもらうわね。」
「先生、まって…」
先生はそう言い残すとスベルマンの静止も聞かず慌てて身支度を整え、部屋から出て行った…。

(なんて事を!なんて…事を…!)

一人取り残された部屋でスベルマンは激しい後悔に苛まれた。

(違う、そんなつもりじゃなかった。先生を困らせるつもりじゃなかった…)


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Symphony~agitato

そんな充実したレッスンが1年ほど続き
いつものように先生が来てレッスンを始めて、そして先生はいつものように曲の解釈をしていた。
課題の曲について、スベルマンは先生に任せていたが
その選曲は外れたことが無く、先生の選んだ曲がつまらないと思ったことは無かった。
先生は演奏のプロであるので
「今度はこの曲やってみましょうか」
と、目の前でさわりだけ弾いてくれたりはしたが、1曲を通して演奏するという事は滅多になかった。

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ふとスベルマンは話をしてる先生の横顔に見入ってしまっていた。
美しい横顔に艶やかな長い黒髪。
おっとりとした口調、長い睫毛に優しく慈悲深い眼差し。
ピアノについて右も左もわからなかった、ただ音にしたいだけの自分に、根気強く音楽を教えてくれた。
ピアニストという職業を鼻にかけることもなく、身寄りも無い自分を導いてくれている。
…そんなことを考えながら先生の顔を見ていたら、先生が急に
「あら、今の説明でわかったかしら?」
とスベルマンの方へ顔を向けた。

スベルマンはハッと我に返り、
「あっ、すみません、先生。いや、あ、あの…」 
答えようとしたが説明など聞いていないのだから答えられるはずもなく、でも何か答えなければ…
と、咄嗟に出た言葉が
「先生、先生の好きな曲はなんでしょうか?その曲が聞きたいんです。先生の演奏で…」
という言葉であった。
そんな事を自分が言うなんて、いや、先生に求めるなんて、スベルマンは信じられなかった。
自分に弾かせたい曲ではなく、先生が弾きたい曲は?
先生の好きな…

先生は唐突な質問に驚いてはいたが、
「私の好きな曲?たくさんあるわよ。でも強いてあげるとすればこの曲かしら」
と、ピアノの上に手をかざした。
そしてその手から何とも言えないこの上もなく美しい曲が流れ出した。
それはあまりにも静かであまりにも切なく儚い曲。
どこか懐かしく、何か昔の甘美な思い出が走馬灯のように甦ってくるような。

スベルマンはその曲を聞きながら、涙が流れるのを止められなかった。
溢れる感情を押さえることが出来なかった。
いとおしい。苦しい。悲しい。
どんなに想っても届かない気持ち…。
先生のやるせない思いが音となって滴り落ちるような演奏だった。




Symphony~accelerando

それからスベルマンを取り巻く状況は大きく変わった。

ね~みと主は「この類稀なる才能は埋もれさせておくべきではない」と、意見が一致し
すぐにピアニストのO先生に連絡し、スベルマンを見てもらうように手配した。
O先生はスベルマンの演奏を聞くなり
「タッチは荒いかもしれないけどいいものを持っている。ピアノに触るのが初めてですって?!もし本当なら1000年に一度の大天才よ!?」
と、驚き、早速基礎から教えましょう、ということになった。

その日からO先生は自身の立て込んだスケジュールの合間を縫ってスベルマンを教えに来た。
だが少し経つとスベルマンのほとんどの時間がピアノのレッスンに費やされる状態になり
本来の業務であるね~み家のあらゆる事に関わる時間が無くなっていった。
スベルマンはピアノの前で過ごす至福の時間が増えた事が嬉しくもあり、だが、一方主に対して心苦しくもあった。

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スベルマンの生来の音楽的勘の良さ、センスの良さ、飲み込みの速さは正に天才的で
O先生が1言えば残りの99を理解していた。
ピアノに時間を取られてはいたが、もちろん自分の仕事もなるべく完璧に近くこなそうとしていた。
昼間は仕事の合間を使い、夜は毎晩ピアノに向かっていた。
それは一心不乱とでもいう姿だった。
一体何が彼をそこまで駆り立てるのか。スベルマンは自分でもわからなかった。
ただ、弾きたい、彼を突き動かしている衝動はそれだけだ。
O先生はその彼に惜しみなく自身の持てる技術と知識を与えた。

O先生は、ピアニストとして世界で活躍しており、多忙を極めていたが、それでも月に1度はスベルマンのレッスンの為に時間を空けていた。
スベルマンからすればかなり歳の離れたとても落ち着いた大人の女性だ。
たおやかという言葉がこれほど似合う女性はそうそう居ないであろう。
スベルマンはそのレッスンが待ち遠しくてならなかった。
先生の期待に沿えるように、少しでも自分のピアノが成長するように。
O先生のレッスンは、「作曲者の意図するところを表現できるように…」
「ここはどうしてこういう表現になってるのかしら?」「作曲者はどう感じていたかしら?」
「じゃあここはどう弾くべきだと思う?」
「この人は、この曲を書いた前の年に親しい人をなくしてるのよ、どういう気持ちで書いたと思う?」
曲の表面ではなく、深い意味を感じて考えて弾くことを求められるものだった。
スベルマンはこのレッスンの時が楽しくてならなかった。
もちろん、楽典やら小難しい講義やテクニック面の習得も面白かったが、
作曲家が何を考え、この曲を書いたのか。それはとても興味深いことであった。
暇を見つけては音楽や作曲家に関する書物を読むようになっていった。

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ある日のレッスンの事。
O先生とスベルマンはある曲の背景について語り合っていた。
最初の頃は先生が一方的に講義するスタイルだったが、ある時期からスベルマンも意見を言うようになっていった。
二人は肩を並べて1台のピアノに向かい、譜面立ての上の楽譜のある小節について話していた。
「ここは神話の中の妖精が男を誘惑しようとしてるところでしょう、どう表現する?」
「そうだね、誘惑するなら、こう、かな…」
と、スベルマンは鍵盤の上の指を走らせた。

「そうかしら?」と、O先生。
「もし、私がこれを弾くんであれば、多分こう弾くわね」
と、その部分を自分の表現で弾いて見せる。
それはスベルマンにとっては目から鱗の表現方法であった。
(O先生はやはりすごい…プロは違うんだ…)
スベルマンは先生の技術に、知識に、解釈に感嘆した。

Symphony~allegro

弾き終えたスベルマンの額を汗が流れ落ちていた。
息は荒くその端正な顔は上気していた。

まだ初めて人の前で演奏した興奮で手が震え、肩で息をしている。

固唾を飲んで見守っていた主はゆっくりと立ち上がると「ブラヴォー!」と手を叩いた。
先ほどまでの何者か見定める厳しい眼差しから打って変わって賞賛の表情になっていた。
「いや、驚いた、一体君はどこの学校を出たんだ?コンセルヴァトワールか、ジュリアードか?」

スベルマンは主の思ってもみない反応に狼狽えていた。
慌てて椅子から立ち上がると

「い、いえ…、私はどこも出ていません。ピアノを弾いたのは…今が初めてです…」
「…え?初めて??・・・いやいや、君、冗談だろう??…あぁ、ここで弾くのは初めてという事かね」
「あ…いえ、ピアノを弾くのが初めてなのです。」
「いや、君、冗談はよしたまえ。いくらなんでもそれはあり得ない。こんな曲を習ったことも無い人間が弾けるはずが…」

二人はピアノを挟んで向かい合っていた。
主はまじまじとスベルマンの目を見た。
(この若者、嘘をついているようには見えないが…)
だが、にわかに信じ難い光景を今体験しているのか?

「いえ、彼の言葉は真実よ」

突然部屋に入ってきたね~みの声が響き渡った。
外出から戻ってきたのだ。

「あなた、おかえりなさいませ。驚いたでしょう!でもわたくしもあなたには驚かされたから、おあいこね」
「ああ、実は思ったより早く仕事が片付いてね。ところでこの使用人は一体どこのピアニストなんだい?」

二人は同時にスベルマンの方を向いた。
「わたくしも、さっき初めてスベルマンがピアノを弾くのを聞きましたの。驚いて何も言えなかったわ!さ、スベルマン、その美しい音をもっと聞かせてちょうだい」

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どうしていいかわからず二人のやり取りを聞いていたスベルマンは、
ようやく自分の置かれた状況が理解出来てきた様子だった。
どうやら生まれて初めて弾いたピアノが、奏でた音楽が、主とね~みに受け入れられたらしい事
そしてこの事は普通の人間には信じ難いような事であるらしい…。

促されるままスベルマンはまたピアノの前に座った。
さっき震えながら弾いた鍵盤の上に細く長い指を乗せ、気持ちを集中させる。
スベルマンの知っている曲は1つしかない。
この状況で同じ曲をもう1度弾けるだろうか…さっき弾いたのはもしかしたら奇跡かもしれない…
そう不安になりながらも自分を信じてもう1度、弾き始めた。

その音はさっきより確信に満ちた、朗々とした音であった。

記念日

プロフィール

ね~み♪

Author:ね~み♪
子供の頃習っていたピアノ。
2013年より25年ぶりに独学で再開、
2014年3月より先生について習い始めました。
夫と二人の子供がいるアラ50です。

♪ただいま練習中♪

ツェルニー40番-40番
バッハ 平均律2巻 8番フーガ
フーガト短調
ショパン エチュードOp.25‐12


2017年レッスン終了した曲

バッハ パルティータ6番 トッカータ・インベンション2番
平均律2巻 3番プレリュード・12番プレリュード・パルティータ1番 プレリューディウム
カッチーニ アヴェマリア(編曲もの)
リスト ため息


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